YOSHIKIの小学校・中学校・高校を調査!学生時代のぶっ飛んだエピソードとは?

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XJAPANのYOSHIKIさんが最近テレビ番組に出演されることが増えましたね。

 

とても神経質な方なのかと思いきや、
お茶目で可愛らしい一面を見せたりと、
最近ではファン以外の人からの注目も集まっているようです。

 

今回はそんなYOSHIKIさんの学生時代について見ていきたいと思います。

 

出身小学校、中学校、高校に加え、
学生時代からぶっ飛んでいたYOSHIKIさんの若かりし頃のエピソードについても見ていきます。

 

YOSHIKIのプロフィール

本名:林佳樹

生年月日:1965年11月20日

出身地:千葉県館山市

職業:ソングライター、作詞家、作曲家、編曲家、音楽プロデューサー、実業家、起業家、ファッションデザイナー、ラジオパーソナリティ

担当楽器:ドラムス、ピアノ、キーボード、ギター、ベース

活動期間:1977年〜

レーベル:ソニー、イーストワールド、プラチナム、V Project、X Project

事務所:ジャパンミュージックエージェンシー、YSKエンタテイメント、ウィリアム・モリス・エンデヴァー

 

XJAPANのリーダーであるYOSHIKIさんは、
現在では音楽家としてだけでなく、
着物やワインにプロデュースやクレジットカードとのコラボなど、
様々なジャンルにその名を馳せています。

 

最近では「格付けチェック2018」にGACKTさんと一緒に出演され、話題になりましたね。

 

【参考】GACKTの格付けチェックはガチ?やらせではないことを根拠づけるエピソード

 

今や生きる伝説となっているYOSHIKIさんですが、
そんなYOSHIKIさんにももちろん幼少期はあります。笑

 

ここからは、YOSHIKIさんの学生時代について見ていきます。

 

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YOSHIKIの出身小学校と当時のエピソード

YOSHIKIさんの出身小学校は、
千葉県館山市にある北条小学校という学校です。

 

XJAPANのボーカリストであるTOSHIさんも同じ小学校で、
北条幼稚園時代から2人は一緒だったそうです。

 

YOSHIKIさんが4歳の頃からピアノをやっていたことは
こちらの記事に書いてありますが、
YOSHIKIさんは小学校時代はブラスバンド部に所属し、
ピアノの他にもトランペットを始めます。

 

小学校時代のYOSHIKIさんは体が非常に弱く、
小学校中学年までは頻繁に入退院を繰り返していたのだとか。

 

入院時はYOSHIKIさんのお父さんがよく子供向けの偉人伝を病院に持ってきていたそうで、
その中でもYOSHIKIさんは、若くして難聴になりながらも今なお名を残し続けるピアニスト・ベートーベンの人生に興味を惹かれたのだそうです。

 

幼い頃からピアノやトランペットなどの楽器を演奏していたところを見ると、
YOSHIKIさんの家庭はとても裕福だったことがわかります。

 

しかしYOSHIKIさんが10歳の時、
突如父親が34歳という若さで自ら命を絶ってしまいます。

 

10歳の子供がその現実を受け止めるにはあまりにも重く耐え難いものだったのではないでしょうか?

 

当時YOSHIKIさんは自暴自棄になり、学校でも暴れるようになったと言います。

 

そんな中、YOSHIKIさんは「ロック」というジャンルの音楽に出会うようになります。

 

それを機にそれまでクラシックしか聴いてこなかったYOSHIKIさんですが、
アメリカのロックバンド・KISSに出会ったことでロックに目覚め、

11歳の時にドラムを始めます。

 

その後YOSHKIさんはTOSHIさんと小学校の同級生2人とDYNAMITEというバンドを組み、
近所のスタジオでKISSの曲を練習していたそうです。

 

当時はYOSHIKIさんはドラムとボーカルを担当していたそうです。

 

音楽のマルチな才能があるイメージのあるYOSHIKIさんですが、
歌っている姿は見たことありませんよね。

 

一度見てみたい気もします!

 

小学生の時から、「思い立ったらすぐに行動する」少年だったのですね!

 

父親が亡くなられたことはあまりにも悲劇ですが、
皮肉にもそれが「XJAPAN YOSHKI」の原点にもなっていたのではないでしょうか。

 

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YOSHIKIの出身中学校と当時のエピソード

小学校卒業後、YOSHIKIさんは館山市立第三中学校に進学します。

 

中学校にもTOSHIさんと一緒に進学しました。

 

中学生になってからは、小学生時代に組んだバンド・DYNAMITEに新しい同級生のボーカルを加え、

バンド名をNOISEに変更します。

 

中学時代はレッドツェッペリンやディープパープルの曲をコピーしていたそうです。

 

どれも当時のロックシーンの王道バンドたちですね。

 

またYOSHIKIさんは、バンド活動以外ではかなりの不良だったらしいです。笑

 

YOSHIKIさんの母親は放任主義で、
「勉強さえちゃんとしていればあとは自由にしていい」と言われていたのだとか。

 

母親にそう言われたYOSHIKIさんは勉強で見事学年で2位という成績を残し、
なんと髪の毛を赤く染めたそうです。

 

もちろんそれが学校で許されるはずもなく、
先生から丸坊主にされてしまいます。

 

丸坊主になったYOSHIKIさんの頭はてっぺんが少し尖っており、
キューピーみたいになっていたのだとか。笑

 

当時それを見たTOSHIさんからは、
「未知との遭遇に出てくる宇宙人のよう」と笑われたそうです。笑

 

今のYOSHIKIさんを見ていてもわかりますが、
やることなすことがとにかく極端ですよね。

 

そんな人だからこそ大成功を収めることができたと言っていいでしょう。

 

ただ、当時の先生方からしたら後にこんな偉大なアーティストになるなんて
想像もできなかったでしょうね。笑

 

【関連】YOSHIKIのカレー事件の店は現在も六本木にある?食べたメニューはどれ?

 

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YOSHIKIの出身高校と当時のエピソード

中学卒業後は、YOSHIKIさんは千葉県立安房高校に進学します。

 

安房高校の偏差値は59で、
平均より少し上ぐらいのレベルの高校だと言えます。

 

高校進学後もYOSHIKIさんはNOISEの活動を続け、
文化祭でレッドツェッペリンなどの曲を披露していたそうです。

 

また高校時代、YOSHIKIさんは千葉県のドラムコンテストで最優秀賞を受賞しています。

 

中学時代からの不良活動も続けており、
高校の卒業式の日には木刀を持って職員室で暴れたそうです。笑

 

当時から破壊癖はあったのかな??笑

 

学生時代からYOSHIKIさんは音楽活動、その他の活動において
突き抜けていたんですね!

 

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YOSHIKIは入学直前に音大を蹴った?

そんなYOSHIKIさんは高校在学中、
音楽大学からの推薦をもらっていました。

 

音大に進学するかどうかは、ギリギリまで悩んでいたそうですが、
当時からYOSHIKIさんはロックミュージシャンとして活躍することを心に決めていたため、
クラシック色の強い音大への入学は諦めたそうです。

 

「音大を蹴って正解だった」というのは後日談だからこそ言えるものですが、
当時はまだロックの道で成功していけるかもわかっていない状況。(YOSHIKIさんは必ず成功すると確信していたと思いますが)

 

音大に進学していた方が将来的には安定だったのかもしれません。

 

そんな中であえてリスキーな道を選び
己の道を突き進んでいったわけですから、
精神面においてもYOSHIKIさんは本当にすごい人だったんだなあと実感させられます。

 

まさにビジネスマン的マインドを持った人物だったのですね。

 

我々のほとんどがリスクを伴わない、安定的な道を選ぼうとするものですが、
YOSHIKIさんのようにどんな困難な道でも成功を信じて進んで行く精神を
見習わなければいけないのかもしれません。

 

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まとめ

YOSHIKIさんの出身小学校、中学校、高校と、
それぞれの学生時代のエピソードについて見てきました。

 

エピソードに関してはどれも「さすがカリスマ!笑」と言えるものばかりだったと思います。

 

世界に名を馳せるカリスマは学生の時から一味違った人間性を持っていましたね。

 

【YOSHIKIに関連する記事】

YOSHIKIのピアノの値段やモデルは?市販での購入はできるのか

 

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