大野誠が歌っていた曲は?バンド「1st BLOOD」とは?

大野誠が歌っていた曲は?バンド「1st BLOOD」とは?

北島三郎さんの次男で歌手の大野誠さんが自宅で亡くなられているのが見つかったということで芸能界が騒然としています。

 

親子揃って歌手という仕事をされていたみたいですが、
北島三郎さんは圧倒的な知名度があるものの、
次男の大野誠さんの歌手活動についてはあまり知らない人も多いのではないでしょうか?

【参考】北島三郎の子供は何人?長男や娘(長女、次女)を調査!

 

そこで今回は、大野誠さんの歌っていた曲やバンド活動といった、
歌手人生にフォーカスを当てていきたいと思います。

 

大野誠は元バンドのボーカルだった

大野誠のプロフィール

名前:大野誠(おおのまこと)
別名:MAKOTO、大地土子(だいちとこ)
生年月日:1966年or1967年(享年51歳)
職業:歌手、作詞家

 

父親の北島三郎さんが演歌歌手なので息子である大野誠さんも演歌歌手の道を進んでいたのかと思いきや、
大野誠さんはロックバンドのボーカルとしてデビューしていたようです。

 

大野誠さんがデビューしたのは1988年、
「1st BLOOD」というバンドで「MAKOTO」としてデビューを飾ります。

 

1st BLOODの代表曲としては「American Dream」という曲があるそうで、
北島三郎さんのヒット曲の一つ「年輪」と同時にオリコンシングルチャートにチャートインしていたようです。

 

1st BLOODの「American Dream」という曲をYouTubeで検索してみましたが、
残念ながら曲は載っていませんでした。

 

バンド1st BLOODについても「北島三郎の次男がボーカルをやっていた」という情報以外は分かりませんでした。

 

ちなみに「American Dream」と同時にチャートインした北島三郎さんの「年輪」はこんな曲です。

 

 

「1st BLOOD」というバンドを調べていると「First Blood」というアメリカのハードコア・パンクバンドも出てきますが、
大野誠さんがやっていた「1st BLOOD」とは当然全く別のバンドです。

 

ついでに父親が演歌歌手で息子がロックバンドのボーカルとして活躍している一番有名な人といえば、ワンオクロックのTakaさん(父親は森進一さん)でしょう。

 

今の若い世代にとっては「演歌」というと地味なイメージを持ってしまいがちですが、
演歌を歌うには素人では想像もできないほどの技術がいると思います。

 

北島三郎さんの息子である大野誠さんにしろ、森進一さんの息子であるTakaさんにしろ、
ジャンルは違えどお父さんの血筋が受け継がれていることがわかります。

【関連】大野誠の病名は何だったのか?北島三郎のコメントまとめ

 

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大野誠さんのバンド解散後の歌手活動

大野誠さんのバンド1st BLOODはアルバムを2枚リリースしたのち解散し、
大野誠さんはその後「大地土子」というペンネームで北島三郎さんの曲の作詞・作曲活動を始めます。

 

読み方は「だいちとこ」と読むらしいです。

 

大野誠さんが「大地土子」として作詞作曲した北島三郎さんの代表曲としては、
あの人気アニメ「おじゃる丸」のOP「詠人」があります。

 

 

世代によっては「懐かしの名曲」だという人も多いのではないでしょうか?

 

この「詠人」は「おじゃる丸」の第1シリーズ〜第10シリーズ、第16シリーズ〜のオープニングテーマとして使われていました。

 

また第11シリーズ〜第15シリーズの作詞作曲を手掛けたのも大地土子さんこと大野誠さんで、
「夢人」という曲名でした。

 

北島三郎さんの名前があまりに有名すぎるために大野誠さんの名前は少し陰に埋もれてしまいがちでしたが、
大野誠さんも非常に才能に溢れた、素晴らしい音楽家だったということがわかりました。

 

とても惜しい方を亡くされたと思います。

 

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まとめ

北島三郎さんの次男、大野誠さんのロックバンドのボーカルとしての活動、
バンド解散後の作詞作曲活動について見てきました。

 

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